中川先生コラム
「放射線教育・がん教育の課題と可能性」
日本の放射線教育は、約30年のブランクを経て2008年からエネルギー教育の中で再開しました。また、2020年から新たに「がん教育」がスタートし、中学校・高等学校で必修化されました。
がんによる死亡が増え続けている日本では、がんを正しく知り、予防や治療について理解することが喫緊の課題といえます。
今回は、放射線とがんの専門医である中川恵一先生に、放射線教育・がん教育の考え方、課題と可能性について聞きます。
- 第1回 放射線教育の現在と課題
- 第2回 今、必要ながん教育
- 第3回 「放射線治療」という選択肢を知ってほしい

中川 恵一 先生
東京大学医学部附属病院放射線科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授
東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部放射線医学教室専任講師などを経て現職。緩和ケア診療部長、放射線治療部門長を歴任。『がんのひみつ』をはじめ、がんに関する著書多数。日本経済新聞でコラム「がん社会を診る」を連載中。
<その他の役職>
日本医学放射線学会認定 放射線治療専門医
日本医学放射線学会認定研修指導者
第一種放射線取扱主任者
日本がん・生殖医療学会理事
日本アイソトープ協会理事
第2回 今、必要ながん教育
学校教育で、がんについての指導が始まりました。
がん教育は、健康教育の一環として、がんについての正しい理解と、がん患者や家族などのがんと向き合う人々に対する共感的な理解を深めることを通して、自他の健康と命の大切さについて学び、共に生きる社会づくりに寄与する資質や能力の育成を図る教育です。
(「がん教育」の在り方に関する検討会「学校におけるがん教育の在り方について 報告」より)
国の策定した「第3期がん対策推進基本計画(2012年)」のもと、文部科学省は「『がん教育』の在り方に関する検討会」(中川先生も参画)を設置して子どもに対するがん教育のあり方を検討し、さまざまな取り組みを行ってきました。新学習指導要領では中学校および高等学校の保健体育科に「がん教育」が明記され、小学校では2020年、中学校では2021年、高等学校では2022年度からがん教育が実施されています。
第2回では、がん教育の重要性と、学校での展開について聞きました。
日本のヘルスリテラシーは、かなり未熟。
イメージが先行し、正しい理解が進んでいません。

がん教育が始まった背景にはどのような社会的事情があるのでしょうか。
日本では男性の65%、女性の50%が生涯でがんに罹患しています。私自身も2018年に膀胱がんを治療しました。年間100万人ががんと診断され、38万人ががんで命を落としています。世界最大の“がん大国”といえますね。その最大の原因は、日本人が長寿になったことです。
日本は急激に長寿になりました。近代化が早かった欧米では徐々に高齢化が進んだのですが、近代化が遅れた日本はここにきてあっという間に高齢化してしまった。結果的に、がんは急激に増え、がんに対する備えや社会の受け止め方が非常に遅れてしまいました。
2015年に発表された、ヘルスリテラシーを同一の尺度を用いて比較した研究(European Health Literacy Survey Questionnaire:HLSEU-Q47)をみてみます。ヘルスリテラシーとは、健康情報を入手し、理解・評価し、活用するための知識、意欲、能力を指します。この測定は、たとえば「医者から言われたことをよく理解できますか」など、いろいろな設問を点数化して比較したもので、日本は対象15カ国の最下位です。もちろんこの結果は一つの尺度を用いた報告に過ぎませんが、日本人のヘルスリテラシーはかなり低い可能性があります。
日本では、今でもがんは「不治の病」というイメージがあります。事実、がんと診断されて1年以内の自殺率は20倍になります。仕事も辞める方が多い。「がんになっても働く社会」と政府は言っていますが、現実はがんになると辞めてしまいます。そうしたイメージの持ち方は放射線に対するものと似ており、正しい理解からかなりずれていると思います。
学校でがん教育を行い、子どもたちに正しくがんを知ってもらいたいと、私も「『がん教育』の在り方に関する検討会」のメンバーとして深く関わってきました。中学校は2021年度から、高校は2022年度から学習指導要領にがん教育が明記され、保健体育の教科書も改訂されてたいへん充実したものになりました。
がん教育は、放射線教育と一体で教えるべきテーマ。
ぜひ理科と連携してほしいと思います。

がんを学校でどのように教えたらいいでしょうか。
がん教育の内容は、日本におけるがんの現状、がんの予防から検診、治療、緩和ケアまで多岐にわたります。指導する科目は保健体育となっていますが、私は保健体育だけで扱うのではなく、理科(特に生物)との連携が必要不可欠だと考えています。
ヘルスリテラシーが世界で一番高いといわれるオランダをはじめ欧米の国々に保健体育という教科はなく、保健の内容は理科で教えています。日本でも理科の先生にサポートいただくか、あるいは主体となってがん教育に関わってほしいと思います。
たとえば中学校では、がんの早期発見を学習します。がんは1cmにならないと見つからないのですが、1cmのがんが2cmになるまでの約2年間に見つかれば、早期発見となり早期がんと呼ばれます。がん細胞の成長は細胞分裂に依存しており、細胞分裂のしかたを具体的に説明するとわかりやすいのですが、このような内容はまさしく理科の領域です。
事実上、放射線の人体影響というのは「ある被ばく線量を超えるとがんが増えてくる」ということだけです。ということは、放射線とがんは一体として教えることができるテーマです。特に人体への影響については併せて教えるべきで、そういう意味でも理科の先生に最適です。
講演などの際に理科の先生方とお話すると、がん教育に高い関心を持たれていると実感します。保健の先生は、理科の先生と一緒に指導内容を検討いただき、協力して教えていただければと思います。近年は教科横断的な学習が重要視されているので、それをぜひがん教育で実践してほしいと思います。
中川先生監修のがん教育アニメ教材
「よくわかる!がんの授業」
https://www.jcancer.jp/cancer-education/material09.html
次回「第3回 『放射線治療』という選択肢を知ってほしい」
がんの最先端治療である放射線治療について、また放射線教育・がん教育との関連について聞きます。