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    中川先生コラム

    「放射線教育・がん教育の課題と可能性」

    日本の放射線教育は、約30年のブランクを経て2008年からエネルギー教育の中で再開しました。また、2020年から新たに「がん教育」がスタートし、中学校・高等学校で必修化されました。
    がんによる死亡が増え続けている日本では、がんを正しく知り、予防や治療について理解することが喫緊の課題といえます。
    今回は、放射線とがんの専門医である中川恵一先生に、放射線教育・がん教育の考え方、課題と可能性について聞きます。

    中川 恵一 先生

    東京大学医学部附属病院放射線科 総合放射線腫瘍学講座 特任教授
    東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部放射線医学教室専任講師などを経て現職。緩和ケア診療部長、放射線治療部門長を歴任。『がんのひみつ』をはじめ、がんに関する著書多数。日本経済新聞でコラム「がん社会を診る」を連載中。
    <その他の役職>
    日本医学放射線学会認定 放射線治療専門医
    日本医学放射線学会認定研修指導者
    第一種放射線取扱主任者
    日本がん・生殖医療学会理事
    日本アイソトープ協会理事

    第1回 放射線教育の現在と課題

    学校における放射線教育が再開して十数年。放射線教育の現在と課題について聞きました。

    まず放射線を知り、理解すること。
    正しい判断のためにも、損をしないためにも。

    放射線に対する理解はどれくらい浸透してきているでしょうか。

    日本は唯一の被爆国であり、福島第一原子力発電所の事故も経験しました。放射線のことを最も正しく理解しうる国だと思いますが、一般の方も、児童・生徒も、放射線に対する誤解がまだまだ多いのが現状です。大人たちが正しく理解していないと、それがそのまま子どもたちにも伝わってしまいます。
    たとえば原子爆弾について、広島・長崎では「みんな放射線で亡くなった」というイメージを持ってしまっていますが、現実には多くの方が爆弾の威力によって命を落としているのです。

    4,000ミリシーベルトの放射線を一瞬で浴びると、60日後には半数が亡くなります。白血病の治療では、それよりはるかに多い量、12,000ミリシーベルトを全身に照射することがあります。照射後は他人の造血幹細胞を移植して血液細胞を回復させるため、多くの方が、病気になる前と同じように元気に暮らしています。12,000ミリシーベルトを浴びると、体温はどれだけ上がるでしょうか。実は1000分の3℃とほとんど上がらず、皮膚にも影響はありません。ということは、広島・長崎での「火傷」と「放射線」に関係はないということです。放射線について、正しいことを知っておかないと損をしてしまいます。

    放射線教育も、残念ながらそれほど進んでいないと感じます。そもそも先生自身が放射線を習ってこなかったこと、30年の間放射線教育がされていなかったことが大きく影響しているのではないでしょうか。
    放射線教育が難しいといわれる理由の一つは、「放射線の人体への影響」がどうしても福島第一原子力発電所の事故と関連付けられてしまうことです。原子力発電について、大人たちにはさまざまな信条や考え方がありますし、非常にセンシティブな問題ではあると思います。
    放射線について日本で一番正しく理解をされているのは福島の方々です。福島第一原子力発電所におけるALPS処理水についても、地元の方々、特に若い世代は「適切に処理した上で放出するのが一番確実で安全」という意識をかなり持っています。そのことを他の地域も理解すべきと思うのですが、福島から離れるほど、誤った認識をしていると感じます。東京をはじめ福島以外の地域の人が正しく放射線を知らなければ、いつまでたっても風評被害は終わらないでしょう。

    もともと資源のない国で、今、物価が上昇し、かつ円安という状況のなか、電力がひっ迫しています。私は原子力発電を推進する立場ではありませんが、この状況下では原子力発電を稼働させたほうが総合的にプラスを得られるはずだと思っています。適切な電力供給のためにも、まず放射線についての正しい理解が必要だと思います。

    放射線教育で大切なこととは。

    放射線教育では「量の感覚」がとても重要です。被ばくしたかしていないかでいうと、自然放射線がある限り全員が被ばくしています。日本人は、年間に平均で自然被ばく2.1ミリシーベルト、医療被ばく3.8ミリシーベルト、合わせて約6ミリシーベルトの被ばくがあります。このようなレベルでは、人体への影響はまったくありません。では、どのくらいになると影響がみられるかというと、広島・長崎のような一瞬の被ばくで100ミリシーベルト、徐々に被ばくする形では200ミリシーベルトくらいにならないと人体影響は観測できません。被ばくしたか、していないかという「白か黒か」ではなく、どれだけの量を、どれだけの時間をかけて被ばくしたかが重要だということを強調しておきたいと思います。

    やっかいなのは、放射線の単位です。よく使われるのが「ベクレル」と「シーベルト」の2つですが、人体にどれくらい影響を与えるかを表す単位はシーベルトです。
    たとえば「1リットルあたり6万ベクレルまで希釈したトリチウム水」というと何かすごい量のように思えるかもしれませんが、シーベルトで表すと0.00114ミリシーベルトとなり、その水を毎日1リットル、1年間飲み続けたときに約0.4ミリシーベルトの被ばくが想定されるわずかな量です。放射線教育では人体に与える影響を考えることが最も重要ですから、単位はシーベルトに着目して指導することが大切です。

    日本人の医療被ばく量が平均3.8ミリシーベルトというのは世界一の多さです。その要因として病院にかかる回数(検査の回数)の多さが挙げられ、たとえばCTスキャナーは1回で7ミリシーベルトの被ばくがあります。しかし一方で日本人の平均寿命は世界一長い。医療被ばくの多さは、高度な医療へのアクセスの良さの表れでもあり、そのことが日本人を長生きにしました。このように、物事にはいろいろな見方があるということも放射線教育の中で教えられるといいと思いますね。

    私たち人間は、放射線とともに進化してきました。放射線がなかったら、DNAがまったく変化せず、おそらく進化できていなかったでしょう。自然界には放射線が存在し、私たちは常に自然に被ばくする環境の中で生きている存在です。食事をすれば、魚や野菜・果物などの食べ物に含まれる天然の放射性物質から内部被ばくをします。でもそれは自然なことであり、魚や野菜は健康リスクを減らす食べ物としてむしろ積極的に摂ることを推奨されています。正しい判断のためには、まず正しく知ることが大事だということです。
    理科を中心とする先生方には、今一度、放射線についての関心と必要な知識をお持ちいただきたいと思います。インターネットで見られる映像教材もありますので、ぜひご活用ください。

    中川先生監修・指導
    「Rの正体 〜放射線の性質と利用〜」
    (中学校 理科 第一分野「電流とその利用」「科学技術と人間」)
    https://www.teachers-net.com/education/rの正体-~放射線の性質と利用~/

    次回「第2回 今、必要ながん教育」
    学校での指導が始まったがん教育の重要性や、指導をするうえで大切なことについて聞きます。