小森先生コラム
「実感、感動のある理科が、未来をつくる!」
新しい教育課程では教科横断的な視点に立った資質・能力の育成が求められています。また、小学校高学年における理科の教科担任制も始まりつつあります。
今回のコラムは、時代や社会に適した創意あふれる授業で、長年にわたり理科教育に新風を吹き込んできた小森栄治先生。なぜ理科を学ぶのか、理科教育の課題とは何か、授業や実験の工夫の仕方、理科教育の可能性などについて聞きました。
- 第1回 理科教育の現在と課題
- 第2回 日本の理科教育に必要なものとは?
- 第3回 生きた理科、未来につながる理科のために

小森 栄治 先生
日本理科教育支援センター代表
東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。1980年から28年間、「理科は感動だ」をモットーに埼玉県内の公立中学校に勤務。1989年および2003年に、ソニー賞(ソニー教育資金/ソニー子ども科学教育プログラム)最優秀賞を受賞。また2003年に第1回埼玉県優秀教員表彰、2007年に第1回文部科学大臣表彰、2008年に第1回辰野千壽教育賞(上越教育大学)を受ける。
文部科学省、県立教育センター、民間教育研究団体などの委員、講師を勤め、現在、埼玉大学で理科指導法を担当するほか、保育園での科学遊び講座、教師向け理科セミナーなどを開催し、理科の楽しさを幅広く全国に伝えている。
著書に『「理科は感動だ!」~子どもたちを理科好きに~』『「理科は感動だ!」~子どもが熱中する理科授業づくり~』(明治図書出版)、『中学校の「理科」がよくわかる本』(PHP研究所)、『考えまとめ発表する かんたん実験・理科のタネ』(光村教育図書)、『子どもが理科に夢中になる授業』『簡単・きれい・感動!! 10歳までのかがくあそび』(学芸みらい社)など。
第1回 理科教育の現在と課題
日本は「理科が苦手」という子どもが多いといわれてきました。なぜ苦手になってしまうのか、日本の理科教育には何が足りないのか。理科教育の現在と課題について聞きました。
理科は、ものや生きものと触れあう教科。
暗記中心では、ますます理科離れが進んでしまいます。

理科に対する苦手意識についてどのように思われますか。
国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)では、「理科の勉強は楽しい」という日本の子どもたちの割合は増えています。ただ、小学校では国際平均を上回っていますが、中学校では国際平均を下回っています。また、小学校の先生の中には理科に対する苦手意識をもっている方もいらっしゃいます。
私が教えている大学の教育学部でも、小学校の教員を目指す学生は理科への苦手意識をもっていることが多いと感じます。高校時代は入試のための勉強で暗記や公式が中心になり、本質的な理解ができていないままだったり、高校は文系・理系のコースに分かれ、教育学部はどちらかというと文系コースなので実験の経験も少なかった、ということも影響しているでしょう。その結果、乾電池は1.5Vだとか、家庭用コンセントは100Vといった“常識”も知らずに教員になるということが実際に起こっています。
私は大量採用の時代に中学校教員になり、学校には理科の先生が多数いて、先輩方から実験のコツなどを教わる機会が豊富にありました。たとえば石灰水は、当時は校庭のラインを引く粉(消石灰=水酸化カルシウム)と水を瓶に入れてシャカシャカ振って、一晩置いて上澄みを取ればよかった。今はその粉も安全上の理由から水酸化カルシウムではなく炭酸カルシウムが主流になったので、ライン引きの粉は使えないことが多いのですが、昔はそういったコツのようなものが受け継がれていました。その後、教員の採用数が減った時代があり、その間に伝承が途絶えてしまい、採用数が増えた今もやり方などがうまく伝わっていないように思います。教科書どおり勉強して大学を出て、知識はあるが、ものに触れたり、作ったり、自分でちょっと改良したりといった経験に乏しいことが、苦手意識をさらに増幅しているのではないかと思います。

日本の理科教育の課題についてお聞かせください。
理科は、ものや生き物と触れあう教科です。子どもたちは「実物」を見ると飛びつき、実験を楽しみにしています。私は理科を「実技教科」だと思っています。知識が中心の教育では、子どもは覚えることが勉強だと思い込んでしまい、記憶再生的なテストに慣れて、「理科は暗記科目」というレッテルを子ども自身が貼り付けてしまっているのです。しかし本来はそのような科目ではありません。理科は暗記じゃない、理解です。原理原則を理解すれば、未知の問題も自分で考えて解くことができるのが理科です。
もう一つ、国際調査でいつも問題視されるのは、「理科を使うことが含まれる職業に就きたいか」という質問に「はい」と答える割合が、諸外国に比べて低いこと。なぜこのような回答になるかというと、理科で勉強していることが職業とつながっていることを知らないからです。
私が中学校で教えていたときの調査の経験なのですが、自動車整備士や美容師になりたいと言っている生徒がアンケートで「理科を使うことが含まれる職業に就きたいか」を選んでいませんでした。自動車整備や理美容が理科と関係していると思っていないのです。そこで「自動車整備は科学そのものだよ」、「理美容の国家試験には薬品や濃度など化学の問題が出るんだよ」と教えると、次のアンケートからは正しく選べるようになりました。
また、2000年頃にアメリカの教科書を見て驚いたのですが、単元ごとに関係する職業が紹介されていました。私も中学校の教科書づくりに関わっていたので、日本の教科書にも単元ごとに社会とのつながりや関連する職業の紹介をできるだけ入れるようにしました。
しかし、テストに出ることはないため、授業では重視されないのが現状です。先生自身が「日常生活や社会に活かすことが理科教育の目的の一つである」という意識を持って授業しないと、生徒は用語を覚えるだけで終わってしまいます。
また、海外の教科書は、ものづくりなどの工学的な内容や保健体育の内容が充実し、実生活との関連に重きが置かれているのが特徴的です。理科で保健体育の内容を扱うので、理科の勉強が自分の健康にとって必要だと理解できるようになるのです。一方、日本の教科書は理学部的で、例えば「人体」では消化酵素や内臓の名称を知り、消化のしくみを理解することはできますが、自分自身の健康や病気とのつながりを感じられる構成にはなっていません。日本の理科教育は観察や実験を行い共通点や差異点、法則性などを子どもたちが見出していくような授業をしていますが、それを自分の生活にどう活かすかという部分が弱いことが課題です。
次回「第2回 日本の理科教育に必要なものとは?」
日本の理科教育に取り入れるべき考え方や、指導をするうえで大切なことについて聞きます。